本日甚だ機嫌よし

願わくは好感化力の一伝送機たらん

とろサーモンがM-1グランプリ2017で優勝できた理由

 

 結論を言えば、運がよかったと思います。それもかなりのレベルで。そうです、いわゆる勝利の女神の大爆笑です。あるいは芋神様の思し召しです。おおジーザス、ありがとう神よ!

 

 もちろん運よく王者になれたから、結果がふさわしくないと言いたいわけではありません。最終審査発表前に松本人志が言った「2組どっちかで迷ってる」というのは、結果やその後のコメントから見ても確実に「和牛」と「とろサーモン」のことでしょう。実際に両組ともとても面白く、素晴らしい戦いでした。あと「銀シャリ」があれば美味しいお寿司の完成です。

 しかしながら素人のぼくは、最後の3組のネタが終わったとき『和牛が新王者だな』と確信していました。いや、じゃらんの社員のくだりでもう決まったなとさえ思っていました。でも結果は違ったわけです。ではなぜとろサーモンは優勝できたのか。そして、そもそもなぜ最終3組に残れたのか。今回はそれを探るべく、冷静に見返して考えていき、そこで得られた結論を個人的な総括も含め書いていこうと思います。物堅く長々とおもんない記事ですよすいません。

 

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公式サイトより採点詳細

 

1回戦で起こった1つ目の僥倖 笑神籤による抽選

 物議をかもした新ルール「笑神籤」。ネタ順をリアルタイムで決めようってやつです。

 

今年は決勝の場で決めることに。生放送中に「笑神籤(えみくじ)」と呼ばれるクジを引き、呼ばれたコンビがそのままネタを披露。1組ずつネタ順が決定していくことになる。

www.m-1gp.com

 

 ネタをやる側はそうとうな重圧がかかったはずですし、実際見てみて、決まったときにそのコンビで笑う準備をしないといけなくなるので、お客さん側も意外に関係してくるなと思いました。トップに選ばれたのは「ゆにばーす」。トップというのは採点の基準になるため高得点をつけられることはまずなく、一番不利と言われています。番組途中、2015年王者トレンディエンジェルたかしが「ゆにばーすが5番目6番目で出てきたときどんな点数だったか見たかった」という発言をしました。ゆにばーすはM-1王者を本気で目指してかなり調整して仕上げて勝ち上がってきたコンビです。ネタを作っている川瀬名人は「甲子園で負けて涙を流している球児を見て、人生でこんなに打ち込めるものがあるのは素晴らしい」と思い芸人になったそうです。そうです本気です。1日の大半を舞台(&闇舞台)とネタ作りに費やす男です。そしてネタは素晴らしい出来だった、正直舐めてましたゆにばーす。博多大吉はトップにつけられる最高得点を与えました。もしも順番が違えばとろサーモンの最終決勝進出を阻み最終3組に入っていてもおかしくなかったわけです。とろサーモンは得点は3位でしたから、得点で負けていたらその時点で敗退です。逆にとろサーモンは良い順番で出来ました。

 

以下1回目のネタ披露順

ゆにばーす

カミナリ

とろサーモン

スーパーマラドーナ

かまいたち

マヂカルラブリー

さや香

ミキ

和牛

ジャルジャル

 

 2つ目の僥倖 「ジャルジャル」の得点がおもったより伸びなかった

 ジャルジャルのネタは素晴らしかったです。もちろん審査員たちが言った「好き嫌い分かれる」というのもわかる。でもスベっていたわけじゃありませんし、完成度で言えば最終3組に残ってもおかしくないとさえ思いました。事実、久保田は敗退コメントを考えていたそうです。しかし得点は伸びなかった。しっかりとやりきったにも関わらずです。福徳が悔しがる姿が目に焼き付いた人も多いと思われます。審査がおかしかったというわけでもありません、たぶん一言で言うと「そういう流れ」だったからです。

 これもある意味では順番の話なんですが、話はジャルジャルの前の組に戻ります。具体的にはまず「マヂカルラブリー」と「さや香」です。2組ともテレビ露出は少なくある意味ではダークホース。結果としてマヂカルラブリーが最下位になってしまい、その後のさや香がそれなりの評価を得ました。構図としては、フリースタイルがスベって、ベタな王道がウケた形です。(さや香については色んな意見があると思いますが個人的には構成と設定についてはすごく普通のネタだったと思います。それで笑いを取れるのは素晴らしい)。

 ここからはぼくの想像になってしまうのですが(そもそもここまでも想像です)、あのネタの流れのせいで評価基準がある程度固まってしまったんじゃないかなと思ったんです。そしてジャルジャルの直前だった本格派のミキ、和牛がさらに高評価を得ます。彼らは掛け合いのスペシャリストです。評価基準はどんどん全体的なディテール、笑いの総量ではなく、テンポやツッコミの強弱などの技術、そしてボケのセンスといった漫才の中身に絞られていくわけです。こうなってくるともう「新しいスタイルだから」とか「笑いの量が多かったから」で加点されることは、ほぼなくなっていってしまったんではないかと。なお音楽と漫才のギリギリを攻めたと評価した松ちゃんは最高評価、巨人師匠もチャレンジ精神を評価しておりました。審査員につまらないという意見があったわけじゃありません。実際ジャルジャルは2015年にはトップで最終3組に残りました。フリースタイルやシステム漫才が評価されないわけではないのです。ただあの年とは空気も審査も色々と違ってしまった。ぼくには、会場の空気が決まりきる前にネタをやれれば、ジャルジャルがもっと高得点を貰えたことも十分あったように思えて仕方ないのです。それこそマヂカルラブリーの順でジャルジャルがネタをできれば全然違った結果になったのかもしれません。最終3組に残り大荒れの展開に…なんてのも。

  もっとも個人的にはマヂカルラブリーもスベってたとは思わんですがね。爆笑しましたし得点も十分です。他がもっとすごかったんです。千鳥に「わしらは2年連続最下位じゃ」と慰められてました。そんな彼らも今では大スターなんじゃ。

 

3つ目の僥倖 「スーパーマラドーナ」の不振

 正直勝ち抜けれたのはこれが1番大きかった。敗者復活で格の違いを見せつけ視聴者投票ダントツで這い上がってきた前回ファイナリストのスーパーマラドーナ。敗者復活で披露したネタ「借金取り」は素晴らしい出来で、決勝で披露できれば確実に3位以内に入っていたと断言できます。それほど面白く、キャラに合っていて、完成度が高かった。しかし決勝でやったネタは「合コン」でした。中身を詳しく説明すると長くなるのであれですが、オネエのフリに対してピークがカニだったりと、面白くはあり、得意の形に持ってきてはいるんですが、2015の「落ち武者」や2016の「エレベーター」と比べるとやはり劣ると言わざるをえない出来栄え。「借金取り」を優勝ネタとして取っておいたのは戦略だと思います。それが正しいかったかどうかはなんとも言えません。しかしこの選択のおかげでとろサーモンは最終3組に残れたわけです。

 

 このようにギリギリの攻防でとろサーモンは最初の難関を突破しました。もちろん本人たちの漫才は素晴らしかったです。なによりも久保田の調子がゲロ良い。中川家礼二がいう「久保田のテンション次第」とはまさにその通りで、優勝後の朝の番組でのネタ披露とかバチボコスベってましたからね。そして久保田の調子がいいので村田の調子もなんだか最高。細かいボケとツッコミ、大きいボケとツッコミを、まるでアドリブのようにとても軽やかにこなしていきました。そしてなによりこの二人のクセのあるネタを即座に受け入れてくれたお客さんでしょう。お客さんに受け入れられるようにしたつかみとネタ順も抜群でした。余談ですが審査員の小朝師匠のブログで久保田が客に感謝していたという様子が伝えられていました。そしてジャルジャルのくじ運の悪さも語っておられましたね。

 

ameblo.jp

 

最終決戦での僥倖 まさかのネタ被り、そして時間オーバー

 最終決戦、間違いなく本命は「和牛」です。去年も2位の実力派で、もはやラスボスの風格。コメント1つとっても全てが落ち着き払っていました。1本目を最高得点で突破したのも当然で、ネタの完成度はとてつもないレベル。1本目だけの審査なら優勝です。

 しかし和牛の2本目のネタがとろサーモンの1本目とまさかの「旅館」被り、まあそこは言うほど関係ないとは思いますが、さらにはM-1に照準を合わせて仕上げてきたネタの路線を切り替え、まさかの水田の嫌みキャラ路線復活。

「旅館」のネタは和牛の得意な手法のネタの1つで、もっと長尺の元になるネタがあります。しかし2015で似た路線の「結婚式から抜け出す」ネタを披露したときには勝ちきれず、水田の嫌みキャラを封印して挑んだのが2016と2017の1本目でした。(同じウザキャラでも正義が男の方にある「結婚式から抜け出す」ネタから、正義が女の方にある「ドライブデート」「お祭りデート」ネタ、そして「ウエディングプランナー」ネタへの転換は見事としかいいようがない)。どういった戦略があったのかはわかりませんが、おそらく1本目も後半で回収するタイプのネタだったので、同じような構成のネタにしたのではないでしょうか。ぼくはこういった和牛のネタは大好きなのでワクワクしましたが、これが罠だった。見ていたときは凄い上手く仕上げるなあと思ってたわけですが、改めて時間を測ると制限時間4分にも関わらず5分近く使ってしまった。とろサーモンは4分以内にしっかりと抑えております。ミキに至っては3分30秒くらいにとどまっていました。こういったケースで内部でどういった減点がされるのかはわかりませんが、おそらく時間を見てた審査員もいるんではないでしょうか。とろサーモンに入れた審査員の4人は、そこを加味した上で選択した人もいるんじゃないかなと勝手に思っております。1回目のネタでももっと得点入ってもいいかなと思ったら30秒近くオーバーしていました。巨人師匠の「ギリギリですね、もうちょっと前半長かったら2、3点落ちてた」という発言もありました、そして最終審査前に言った「ミキは余裕がある」発言も、そのときはよくわからなかったのですが、今考えると時間のことだったのかなあと。

 ミキの0票に関しては個人的にはものすごく納得していて、大吉先生の言うとおり、ボケがベタすぎてシャープなのがあると点数が上がりそうなのと、強いボケに対する強いツッコミ、弱いボケに対する弱いツッコミ(個人的に弱いツッコミやちょっとしたツッコミが大好き)、ここらへんの使い分けですね。そのボケの強さに合わせたツッコミができるようにならないとネタが際立たないのなあと思っております。だた兄弟での息の合ったかけ合いと恐ろしいテンポ、兄昴生の甲高いツッコミは使い所を間違えなければとてつもなく大きな武器です。来年以降も確実にM-1の中心にいるコンビでしょう。

 まああとは「総書記」被りもありましたね。ミキは1つ目も2つ目も「総書記」ネタを大ボケやキラーフレーズとして用意してました。ミキのやるネタの中でも一番強いレベルのボケです。しかしとろサーモンが先にやってしまった。ある意味先取りした形になりました。それも最終審査にミキに票が入らなかったことに影響したのかもしれません(たぶんあんまり関係ない)。「旅館」を含めそのへんのネタ被りに関してはやはり運としか言えないのです。結果として被ったネタのさらに先へ行き、新たな展開の漫才へと歩を進めたとろサーモンに、熟練の軽やかさを演出することになったんだと思います。

 

  もうそこそこ長い大会の歴史、中には突然変異のように現れ、周りを駆逐し優勝していったバケモノ漫才師もいましたが、基本的にはすべて当日の出来次第なのが漫才でありM-1。レベルが上がり、実力が拮抗してるならなおさら。だからこそ面白い(たまにはバケモノ現れてもいいのよ)。この記事だってその日面白いから優勝したという事実にそれっぽい理由を肉付けしてるにすぎません。冒頭、運がよかったから優勝できたといいましたが、これだけのレベルの高さが拮抗すればそもそも運で当たり前だと思ってます。

 とくに今年の結果は、9回も阻まれた高くそびえる決勝の舞台を、なにより恨みきったM-1グランプリそのものを、寒空のもと敗者復活戦という舞台から支え続けた男たち2人への、勝利の女神からのささやかな恩返しに思えるのです。あるいは芋神様の。

 

とろサーモン コンビ結成15年

M-1グランプリ2003 準決勝敗退

M-1グランプリ2004 準決勝敗退

M-1グランプリ2005 準決勝敗退

M-1グランプリ2006 準決勝敗退

M-1グランプリ2007 準決勝敗退

M-1グランプリ2008 準決勝敗退

M-1グランプリ2009 準決勝敗退

M-1グランプリ2010 準々決勝敗退

M-1グランプリ2015 準決勝敗退

M-1グランプリ2016 準決勝敗退

M-1グランプリ2017(ラストイヤー)優勝